それはそうとも

思った事から映画の感想まで

桜の咲く時期に祖母が亡くなった話

先日、祖母の四十九日葬儀が執り行われた。四十九日と言うことで、勿論祖母が亡くなったのは49日前という計算になるのだが、約50日もの時間が経過するのは言葉よりも早く感じる。

 

人の死を題材とするのは如何なものか

と我ながら思うところもある。

けれども、ひと通り葬儀も終わり、

ひと段落ついたので自分の心を整理する意味も込め、記事を書こうと思う。

 

 

 

祖母は4月の初めに亡くなった。

なんてことはない自然死だった。

満80歳を超える祖母の死は、避けて通れないものではあるものの、私にとって初めての身内の不幸であった。

 

時は遡り、祖母が亡くなる一週間前、

「おばあちゃんが危ないから、早く帰って来なさい」

と母から連絡を受けた。

インターンと大学で手が一杯だったが、世間的に許される休みだと思い、やや強行的に実家に帰った。

 

新幹線で地元へと帰り、その足で病院へと向かった。2ヶ月ぶりに会う祖母は、とても弱っているように感じた。先述の通り、身内の死と言うものに直面するのは初めての経験だった。それが幸か不幸か分からないが、(今考えればマイナスの要素でしかない)

私は死が近づく祖母を前に、どうすればいいのか何も分からなかった。

何も分からない私は何もする事が出来ず、そのまま家へと帰った。

 

その夜、祖母は息を引き取った。

 

結果として私は、ただの一言すら伝える事が出来ず、祖母と今生の別れを迎えたのであった。

 

あれから時間が経過した今となっては、

「ありがとう」とただそれだけを伝えれば良かった事に気付く。

 

弁明という訳ではないのだが、

「ありがとう」と伝えてしまう事にはとても抵抗があった。まだ生きている、生きようとしている祖母を眼前に、感謝の言葉を伝える事は、自分の言葉が、祖母の命に引導を渡してしまうように感じたのである。

 

そんな私の後悔の念を取り置いたまま、

祖母の葬儀は円滑に執り行われた。

 

悔しくも祖母が亡くなった4月の初めは、祖母の大好きな桜が満開であった。

家の庭には、祖母が植えた花々が、所狭しと咲き誇っていた。

 

祖母の葬儀以来、

私は花を見ると哀しい気持ちになる。

どうして祖母にありがとうと伝えてやれなかったのかと、どうして何もせずに終わってしまったのかと、どうして何も恩返しができなかったのかと、自分の愚かさを切に思い知らされる。

 

哀しいか嬉しいか、花は毎年咲く。

花が咲けば、何も伝える事が出来なかった愚かな自分を無理にでも思い出される。

 

今は6月。

紫陽花の花が咲く季節。

私はきっと季節の花々を眺めながら、

これから先にもずっと、愚かな自分と向き合って生きていくのだろう。