それはそうとも

思った事から映画の感想まで

世界一のグロースハッカーの悩みを私は解決したい

私はただの大学生である。

 

大学1年生の私は、

ひょんなことからスタートアップのインターンに参加し、

多くの貴重な機会を得ることが出来た。

 

なんちゃら経営塾の公演に参加させて頂いたり、

インターン先で新規事業の責任者をやらせてもらったり、

営業に同行させて頂いたり。

一歩踏み出したことは絶対に間違いではなかったと思う。

 

 

 

半年に渡る活動の中で、

本当に多くの経験をさせて頂いた。

 

今回は数ある中から、

私が選ぶ最も貴重な経験について話をしたい。

 

私が選んだ最も貴重な経験は、

数十億円でメディアをバイアウトした、

世界最高のグロースハッカーに会ったことだ。

 

 

 

そのグロースハッカーには、

思っていたより簡単に会う事ができた。

 

当時メディアの編集長兼SEO担当であった私は、

思うようにPV数を伸ばす事ができずにいた。

メディア初経験で、知識にも乏しく入社3ヶ月弱の私を

編集長に適当に据えた代表は、

本当に頭がおかしいんじゃないかと毎日思った。

 

取り敢えず、数字が欲しかった私は、

過去にメディアを成功させた経験のある方に、

片っ端から会ってみる事にした。

 

大学のOBの方だとか、

SEOのコンサルをされている企業の方とか、

兎に角、成功した方がどのように成功したのかを聞いて、

私も成功しようと、ものすごく浅はかに考えた。

 

その中でインターンの先輩の紹介で会う事ができたのが、

先述したグロースハッカーの方である。

 

プログラミングにライター、SEOから新規事業開発まで。

スペシャリストでゼネラリストだった。

こんなすげえ人、本当にいるんだなと思った。

この人みたいになりたい。

と心から思った。

 

 

 

私は彼を崇拝した。

崇拝したと言うと、

なんだが悪い方向に話が転んでしまいそうに思えるが、

別にそんなことはない。

 

取り敢えず、彼に少しでも近づこうと、

彼にアドバイスを頂いた。

 

彼は、こんな風にアドバイスをくれた。

 

 

 

「努力の方法だとか、進む方向を人に確認するのは正しい。

 間違った方向にベクトルを伸ばし続けても、

 それは成功へとたどり着かないと思うから。

 でも、ここから先は君がどれだけ前に進むか。ただそれだけ。

 SEOで日本一にだってなれるかもしれないし、

 君が今担当しているPV数を伸ばすことすら出来ないかもしれない。

 兎に角、今はSEOについてひたすら調べてみるといいよ。

 私のTwitterに、私がいいと思った記事全部載せてるから、

 虱潰しに読んでみるといいと思う。」

 

 

 

ベクトルを正しい方向に伸ばすと言う話については、

ものすごい合点がいった。

 

昔何かの本で読んだ

「価値ある努力」

と考え方が似ているのかもしれない。

 

 

 

何がともあれ、アドバイスを頂いた私は、

翌晩ベッドに寝転びながら、彼のTwitterを全て遡った。

 

彼のTwitterで共有されていた記事は、

LIGだとかナイルだとか、

SEOについて調べると上位表示されるメディアが大半だったが、

どれもとても参考になる記事が多かった。

 

 

 

だが、彼の投稿の中で私の最も目を引いたものは、

記事に関するシェアではなく、

ただの彼の私的な呟きだった。

 

 

 

「仕事をする中で、

 私くらい勉強しているグロースハッカーに会った事がないんだけど、

 出会う層が異なっているのか、これで成り立っているのか。面白くない。」

 

 

 

特に深いことを言うつもりはない。

私ごときが理解できる世界ではないと思うし。

何よりも勿論、彼自身のことも理解できていないから。

 

 

 

ただ1つ確かなことは、

私は彼よりも時間をかけて学ぶ事が出来ると言う事。

即ち、

彼よりも高く登れると言う事である。

 

だから私は私自身の力で、

世界一のグロースハッカーの悩みを解決したい。

最低賃金が増加する事に喜びを隠しきれない女子大生

近々、日本の全都道府県で最低賃金が大幅に上がるらしい。

全国のオーナー達が、最低賃金が上がる事を知らないアルバイトに

「最近頑張ってるな!よし、賃金上げちゃうぞ!」

とまるで仕事振りを評価したかのように、

君だけの賃金が上がる!

とでも言わんばかりに鼓舞していることかと思うと、

少しばかりにやけてしまう。

 

だがしかし、全国の労働者の賃金が上がる事もしかり、

早起きをして、コンビニでせかせかと働く女子大生の賃金が上がるのは、

彼女の日々の忍耐と努力が認められているようで、私はとても嬉しい。

 

そんな賃金が上がったばかりの大学生も

今は夏休みの真っ最中ということで、

両手から溢れんばかりの時間を持て余していることかと思う。

 

私はその両手から溢れんばかりの時間を、

少しでも有効に使えたらと思い、

夏休みはSEOと英語を頑張ろうという目標を立てた。

 

目標を立てることまでは良かったのだが、

1日あたりに6時間、英語なりSEOを学べば、

よし今日は頑張った!と寝てしまう始末である。

 

我ながら、ズボラさというか間抜けさに泣きそうである。

 

今日を頑張らなかったものに、明日は来ないらしいが、

今日を後、2時間ばかし学問に費やすとし、

頑張れる明日がやってくる事を心待ちにしたい。

 

私が考える私の学歴

 

嗚呼、学歴について書くのは

これが何回目のことだろうか。
学歴なんてどうでも良いと、

 

誰かがそう言ってくれないだろうかと、いつも心のどこかで期待している。


東大にでも入って、
「学歴は馬鹿が気にすることだ」
と叫びたいような人生だった。


勿論、東大と言う学歴を振りかざして。

 

 

 

学歴を気にしなければならないポイントは、生きる中でとても多いように思う。


自己紹介と学歴がセットの時代だし、
言うまでもなく就活は学歴とセット。


合コンでも学歴は大事らしい。


彼女の両親に会うときもやっぱり、
学歴ってのは印象になると思うし、
子供が産まれてからも


「お父さんの大学ネットですっごい馬鹿にされてるよ?」


とはあまり言われたくない。

 

大学生活中盤戦の今でも、
学歴について気にするポイントは多いから、これから先の人生で俺はどれだけ学歴を気にして人生を過ごさなければいけないのだろうか。


と思うと、私はとても憂鬱になる。


高学歴の空が快晴だとしたら、私の空は何時も曇天なのだろうか。たかだか大学名ごときで、私の人生の空模様はそんなにも機嫌を悪くしてしまうのだろうか。

 

 

 

そこまで言うと、
急に馬鹿らしくもなってくる。


別に学歴があったからといって、
頭が切れるわけでもないし、
顔がかっこいいわけではない。


スポーツができるわけでもないし、
仕事ができるわけでもない。


机に向かった時間が長かったか短かったか、それだけのようにも思う。

 

 

 

 

私はここ最近、

人生の分岐路について迷う事が多い。


とても簡潔にまとめると、

 


A:学歴をあげた上で就職する
B:低学歴のまま就職する

 


さあ、どっちを選ぶ?
と言った話である。

 

どうしよっか本当に。

 


いやいや、お前今記事書いてんだろ。
急に口調変えるんじゃねえよ。


と突っ込まれそうだけども、
どうしよっか本当に。

 

 

どっちを選ぶのが正解なんだろうか。
迷いすぎて分からなくなってしまった。

 

 

んーと取り敢えずこういう時は、
人生の中で何を大切にするのか、
何を軸にするのかを決めたいと思う。

 

1.本当にしたい事はなんなのか

2.何を軸として生きるのか

3.何を残すか、と

   どのように評価されるか

   どっちを選ぶのか

 

 

とか決めれば

必然的に答えは出るのだろうか。

 


2.3あたりは似通ってるというか、同じ事言ってるようだから、まとめたほうがいいのかもしれない。

 

 

取り敢えず、

次の記事は1について書こうと思う。


思うところがある方がいられましたら、

ご教授願いたい所存でございます。

大切だった女の子とマスターへ

私の高校時代は明るかったと言い難い。虐められていたと言うわけではないが、それに近いものがあったのかなあと個人的には思う。まあ、それも全部自分のせいだから何とも言えないんだけれども。

 

思い出したくもない昔の事を、本当にごく稀に思い出す。

 

私には彼女がいた。それとは他に仲の良い女の子が居て、そいつの事が好きな親友も居た。「親友」って響きはすごいチープだけど、最も仲の良かった友人を指し示す単なる言葉として使わせてもらった。

 

あんまり詳しく書きすぎると身バレしそうで怖いから、詳細はは省かせていただく。ものすごい簡潔にまとめると、三角関係がこじれて、私が約束を守らなかったせいで仲の良い女の子を失った。そして、それを密告した親友を脅迫して、結局彼も自分の元から居なくなった。彼女以外の全てを失った。

 

私はとても悪い人であるから、周囲の人が私から離れていくことは多々あった。浮気とか平然とするし、どうでも良い人は当たり前かのように使い捨てるし、人を傷付けることにあまり躊躇はなかった。だから、自分が興味のない人が離れていくことに対しては何も感じない。自分の周りで自分が素敵だなと思う人自体がとても少なかったので、自分の好きな人に嫌われるのは初めての経験だった。

心から尊敬していた女の子に嫌われてしまった。二度と話しかけないでと、二度と私に関わらないでくれ、と。
彼女はとても自由な人だった。休み時間に大声で歌は歌うし、化学の授業は適当に受けて先生にひたすら怒られてるし、発言も8割は空気を読んでいないような発言をするし。でも、本当に素敵な人だった。周りを気にしない、こういった表現はあれかもしれないが良い意味で日本人らしくない女の子だった。少し困った私をいつも笑顔にしてくれる人だった。学校に行きたくないと高校2年生の中盤から思い始めたが、最後まで通いきれたのは彼女とその女の子のおかげだと思う。

 

女の子が私に貸してくれた本があった。その本を読むたびに、私はその女の子を思い出す。本を読み終わって、さあ寝ようかと布団に入って目をつぶっても、私はその女の子の事を思い出す。

 

それって恋なんじゃないか?
と私は多くの友人に聞かれるのだが、別にそういうわけではない。
高校の時に付き合って居た彼女とそのままゴールインするプランはできているし、比べるまでもなく彼女の方が素敵である。

 

じゃあ、その女の子の事を何故忘れられないのか?私は少し考える。何でだろうなと。執拗なまでに頭に残り続けるこの気持ちは何なんだろうかと。1分もせずに私は理解した。

 

その気持ちの名前は後悔であった。
懺悔とも言えるかもしれないが、後悔という言葉が1番しっくり来る。
私は女の子に対して、申し訳ないだとか好きだったとか、そういった気持ちが残っているわけではない。ただ、自分が尊敬して居た、自分がすごい!と素直に思える人間に対して、そのような行動を行ってしまった自分が許せないのだ。さらに明確にいうと、その女の子と親友までも失ってしまうような行動を選択し続けた自分が許せなくて許せなくて仕方ないのだ。

 

記事を書くことによって、この気持ちに整理をつける事ができた事を私は嬉しく思う。

 

だが、この後悔の念は決して消えないと思う。何があっても一生私の心の中にしこりのように残り続けるだろうし、2日に1回はその女の子の事を思い出して後悔の念に追いかけ回されるのだろう。そして、その度に愚かだった自分とまた向き合うのだろう。

 

私は将来必ず事業を創る。
今の社会に必要なモノを創る事業を。
誰かが必要としているが、誰も作ることができないものを創る。


そして、その事業の理念は
「人の為に」と決めている。


親友と女の子は私の元を去っていくと同時に、人の大切さを尊さを教えてくれた。彼らと俗に言う仲直りをする事は恐らくないだろう。というか、いくら私が望んだところで出来ないだろう。

 

だが私の軸は彼らによって造られている。私の中に彼らがまだいてくれるというのであるならば、それ以上のことは何も無い。私は前に進むだけである。

口からなかなか出せない言葉【告白なり辞任なり】

今日のほんのさっき、

「9月いっぱいでインターンをやめさせてください」

とCEOに伝えて来た。

その帰り道に何故か、

中学校の時に生徒会の女の子に告白したことを思い出した。

 

私は昔のほんと昔に、

その子の家の前の、特に桜が咲いているわけでもない桜並木の下で

その女の子に告白をしたわけなんだけれども。

「好きです」

のひと言が喉に引っかかって口に出せなかった。

 

なんでかって言われるとわからないんだけど、

本当に口に出せなかった。

結局15分くらいかけて、引っ張り出したんだけど。

 

今回のエピソードはそれととても似ている。

やめます!のひと言を、いつ言おういつ言おうと思いながら、

2時間くらい引きずって、

結局、靴を履いて玄関で伝えた。

 

相手に都合の悪いことを伝えづらいのは最もである。

んじゃなんで、好きって言葉は口から出にくいのだろうか。

言葉では説明できない自分の語彙力にorz。

 

 

想いは時が経つと言葉にできなくなる

どうもこんばんは。
これから人の金で飯を食いに行く真中に、記事を書く所存でございます。

 

私のブログはそこそこ多くの方に見て頂けるようになってきたんですが、どうも読者の方はブロガーの方が少しばかり多いようで。
何かメインの読者の方々に記事を書けないかなと思いつつも、中々良いテーマがみつかりませんでした。ですが、これいいなあというテーマが見つかったので、今回はそれについて書こうかと。


私は基本電車に乗っている間に、記事を書きあげて、家に帰ってパソコンからアップします。
わざわざ手間じゃない...?
と思うかもしれないんですが、スマホから記事を1本書き上げてスマホから投稿したら、実はUPされてなかった事が複数回ございまして。
これ以上、記事を闇に葬らないために二度手間を繰り返す。というわけです。

 

因みに昨晩は、インターン先のCEOと口論をした結果、辞表を叩きつけてやろうと思ってドンキで辞表を買うお話をするつもりでした。

 

ここからやっと本題に入るんですが、
(死ぬ程長い前置きで申し訳ない)
私はその日に感じた事を、その日のうちにしか言葉にする事ができません。
さらに厳密にいうと、
昼寝なり夜の睡眠なり、
眠りという行為を挟むと、感情だとかその時感じた事が体から離れてしまいうまく言葉にする事ができません。
おまけにその事をわざわざ多くの人に発信する気すらおきません。

 

昨日の場合は怒りという感情を、
さらに前は本を読んだ感想を、
そのさらに前は独りよがりな感傷を、
私は言葉にする事が出来ませんでした。

 

敢えて、ブログの題材にしない出来事自体もそれなりに多くあります。
私がブログで
「恋人を大切にしようと思った〜」
なんて書いても読者の皆さんにとってはどうでも良いと思いますし、
私にとっても言葉にするものではないなと直感でというか感性で、そう感じるものがあるのです。
言葉にする事でチープになってしまう何かがあるのです。

 

思いは時間が経つと風化してしまう。
多くのブロガーの方が、
多くのメディアライターの方が
多くの著者がそう感じている事かと思います。

 

でもだからこそ、
人は想いを言葉に変えて、
多くの人に伝えようとするのではないのでしょうか。

 

さて、私はそろそろお肉を食べに行って参ります。昨日記事のネタになろうとした社長と飯を食らうというのは、皮肉というかなんというか。面白いですね。

服屋に入るために服を買うという矛盾

私のインターン先は原宿である。

さらに詳しく言うと、竹下通りの辺りである。

 

原宿はファッションの聖地と誰が言い始めたのかは知らないが、

確かに死ぬほど服屋が多い。

竹下通りを少し抜けると、

New Balance やムラサキスポーツにぶち当たる。

そこを右に進んで行くと東急プラザがあって、

おそらく原宿界隈で最も大きな交差点に出る。

 

竹下通りをY軸とすると、

New Balanceのある通りは垂直に交わるX軸となるのだが、

その通りには洒落乙な服屋がめちゃめちゃある。

だから私はその通りを、「洒落乙通り」と呼んでいる。

 

私は極めて普通な服を着る大学生である。

普段はGUやグローバルワークなどで3000円するかしないかの、

俗に言う無難な服を着ている。

可もなければ、不可もない。

服について言及されることはまずない。

 

でも、そんな私も、

いやそんな私だからこそ、

たまに何故かオシャレになりたいと切に思う。

 

嗚呼、坂口健太郎みたいなゆるゆるした服を着てみたいなと。

MEN's N○N- N○みたいな服を着てみたいなと。

小生意気なことを思っちゃうんですね。

 

そんな小生意気な私のニーズと、

洒落乙通りの提供してくれる服は、

まさに阿吽の呼吸なのである。

 

何が阿吽の呼吸だと、我ながら突っ込みたいところだが

そこは特に問題ではないのだ。

 

取り敢えず、服を買うために

洒落乙通りの服屋に入ろうとするのだが、

私は驚愕の事実に直面するのである。

 

 

 

 

 

 

こんな格好でオサレな服屋に入れない...

 

 

 

 

 

 

 

 

私はとても冷めた弟を持っている。

辛辣なほどに冷静な、酷な意見を述べる弟を。

そいつに言わせてみれば、

 

 

 

お前なんか誰も見てねえから気にスンナ☆

 

 

 

とのことで、どうでもいいじゃねえかと。

服屋に服を買いに行ってんだから、

今着てる服なんかどうでもいいじゃねえかと。

オシャレな服を着てるやつは服を買う必要がないんだから、

オシャレじゃない服で服屋に入ってええやろ、と。

 

確かに正論だ。

弟よ、確かにお前の言うことは正論だ。

さすが俺の数倍良い高校に進学し、

堅実な人生を歩んでるだけのことはあるじゃないか。

 

だが、弟よ。

私は冷ややかな目で見られるのが嫌いなんだ。

店内から笑い声が聞こえてきたら、

 

 

(え、俺もしかして笑われてる...?)

 

なんてことを思いながら服を買うことは私にはできない。

 

そうして、私は今日。

原宿なオシャレな通りで服を買うために、

アーバンリサーチへと服を買いに行った。

 

たったか3000円の服を1枚買った。

それで、自信に満ちて服を買えるのか分からないが、

服が買えたのならそれはそれでいいんじゃないんだろうか。

 

おそらくその服を着て、彼女のご両親に挨拶をするんだけれども、

うまく行くといいな。